フォトグラファー渡邉茂樹「品川用水の面影」
今回の特集は、品川区在住のカメラマン渡邉茂樹さんによる「品川用水の面影ー古地図でたどる、かつての水路ー」をお届けします。 (2022.1.15)
品川用水は、江戸時代より玉川上水をその元として、わずかな高低差のみを頼りに、武蔵野からはるばる品川までやってきた農業用水です。武蔵小山の地蔵の辻(現在の後地交差点)から分岐を繰り返し、多くの田畑を潤していました。しかし、市街化のうねりの中でその役目を終え、埋め立てられたり、暗渠になるなどして昭和20年代に姿を消しました。
大きな流れは当時の道路の脇を通っていたため、一旦埋め立てられてしまうと、その姿を想像するのは困難です。一方、細くなった末流の一部は、水路の幅だけが路地として残りました。今も雨が降れば、空の鈍い光を反射して、かつての名残を見せてくれるように見えます
この記事では、2022年1月21日(金)~2月2日(水)まで戸越銀座フォトカノンで開催されている写真展「品川用水の面影—古地図でたどるかつての水路—」で撮影した、品川用水の面影を感じるポイントを紹介していきます。
1. 古戸越川(ことごえがわ)
私の家から、東急大井町線の下神明駅に向かう坂道に、石造りの小さな欄干がありました。橋の名は「古戸越橋(ことごえばし)」。橋の下を流れていた小川の姿をしのばせる路地が今も残っています。小川は古戸越川(ことごえがわ)と呼ばれ、戸越公園の池を源として現在の横須賀線の築堤をなぞるように進みながら窪地の田んぼの脇を流れていました。まだ田園の風景が残る、大正期の地図と現在の地図を比較します。
古戸越川は、横須賀線住吉踏切近くの行き止まりの路地から、西品川2丁目のそよかぜ公園までの間が、水路であった頃の面影をよく残しています。
誰も足を踏み入れない行き止まりの路地では、植物が主役です。
下神明駅への抜け道となっているこの路地の先に、「古戸越橋」の石造りの欄干がありました。
欄干の下を抜けた水路は、かつて専売局研究所があった台地の下を進んでいきます。
今では湘南新宿ラインが走る大崎支線の築堤の下を、水路は走っていました。
横須賀線の築堤をくぐると、暗渠蓋が苔に覆われた水路が出てきます。撮影ポイントの背後は行き止まりであり、小人か猫しか見ないであろうと感じた風景です。
さらに進むと、公園の裏側に出てきます。この公園もかつては田んぼであり、水路の恩恵を受けていたことでしょう。
再び壁に囲まれた水路はゆるやかに曲がりながら、住宅の間を抜けていきます。
2. 百反通り 大崎駅付近
品川用水は、武蔵小山の地蔵の辻(現在の後地交差点)で、桐ヶ谷方面と平塚橋方面の二手に別れます。北側の桐ヶ谷方面の流れは、尾根の上を走る百反通りに入り、高度を維持して進みました。しかし、大崎駅付近まで来ると、百反通りから左折、小さな神社を見ながら右折して、崖地を一気に下って行ったようです。地図を見ると下った先には、半円形が特徴の水車の記号があります。
右手上部のビルの先が、尾根を走る百反通りです。高低差を上手く利用して水車を回していたようです。
3. 大井・原の水神池からの流れ
西大井三丁目にある、大井・原の水神池は古くからの湧水池です。かつては周囲の農民が出荷する野菜を洗った洗い場であり、その水は眼病にも効くとされていました(注1)。
水神池から出る自然の流れに、品川用水も合流していました。品川用水は、時代によって流れが少しずつ変わります。農業用水から生活排水のための水路と変わっていったからでしょう。ここでは、現在の暗渠と重なる水路が表れている、昭和戦前期と現在の地図を比較します。
著名な民俗学者、国文学者である折口信夫は、この水神池の近辺に住んでいました。折口没後、彼が祀っていた河童の像から、霊を抜くことになった門弟の岡野弘彦は、器の水に移したその霊を、この池に放ったそうです(注2,3)。
大井7丁目あたりでは道路とその脇下を流れていた水路の位置関係がそのまま残っています。左端の石塀の上が道路面の高さになります。
大井・原水神の池からの流れに合流するもう一つの流れがあります。(写真13,14)地図では池上通りの裏を流れていますが、これは滝王子稲荷公園方面から流れてきていた水路のようです(注4)。
合流した流れはレンガ敷の遊歩道となり、品川区と大田区の境界の役割も担いつつ、池上通りに向かいます。上の写真では左が品川区、右が大田区です。
池上通りを越えると鹿島谷と呼ばれた崖地です。流れはグッと下り、JR京浜東北線に突き当たります。私は、あまり人が立ち入らない行き止まりの路地にこそ、水路の面影が強く残っている気がしています。
JRの線路を越えると、そこは旧名大井水神町。再び緩やかな流れを取り戻し、海へと向かいます。
いかがでしたでしょうか。今回の撮影では、路面が雨に濡れて、空の光を反射するときに撮影に出かけました。そして、小さな流れの上を、映画「借りぐらしのアリエッティ」のラストシーンに出てくる船上の小人になったつもりで、シャッターを切りました。普段なら見過ごしてしまうような場所に、品川用水の面影は残っていると感じています。
1月21日(金)~2月2日(水)まで戸越銀座フォトカノンで開催される写真展「品川用水の面影—古地図でたどるかつての水路—」にもよろしければ足をお運びください。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
(注1)しながわ観光協会「大井・原の水神池」ウェブサイト (注2)内海宏隆「品川文学散歩(大井編)」テキスト 平成25年 (注3)岡野弘彦「折口信夫の晩年」中公文庫 昭和52年 (注4)本田創「東京の水 2009 fragments」ウェブサイト
<取材・撮影・執筆> 渡邉茂樹/フォトグラファー、通訳案内士 「東京人」「プレジデント」などの雑誌や広報誌にて「ひと」、「まち」、「食」の撮影を中心に活動。しながわ観光協会やケーブルテレビ品川などを通じて地元品川区の商店街の人々の撮影も多く行う。戸越小出身、品川区在住。
【写真展】 「品川用水の面影—古地図でたどるかつての水路—」 2022年1月21日(金)~2月2日(水)戸越銀座フォトカノンにて これまでの写真展: 「戸越銀座の一人一冊」(2014年) 「戸越界隈の一人一冊 with MOP!」(2018年) 「しながわ鉄道100景」(2021年)
※掲載内容は、2022.1.14公開時の情報です。