宿場から北品川を盛り上げる

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2022年1月上旬、東京観光財団が主催する「これからの観光案内所のあり方を考える勉強会」「都内4つの観光案内所をめぐるバスツアー」が開催されました。その中で、北品川にある品川宿交流館本宿お休み処をはじめとする、観光案内所と地域の協働で楽しい品川旅をプロデュースする術も紹介され、多くの反響をいただきました。

今回は、「ゲストハウス品川宿」などを運営する宿場JAPAN代表の渡邊崇志さんと、品川宿交流館に長年携わってきたしながわ観光協会・大越章光が、品川宿の魅力と未来について語ります。(2022.3.22)

    プロフィール

    ●宿場JAPAN代表取締役 渡邊崇志さん

    1980年生まれ。学生時代からバックパッカーとして世界を渡り、一般企業へ就職。しかしゲストハウス開業の夢を諦められず、会社を退職。外資系有名ホテルで働きながら同志社大学の大学院に通い、学びを深めた。そして2009年、外国人旅行者向け宿泊施設「ゲストハウス品川宿」を開業。2011年には株式会社宿場JAPANを創業し、ゲストハウスの企画・運営に加え開業支援にも力を入れている。

    ●しながわ観光協会 大越章光

    1962年生まれ。生まれも育ちも品川宿で、神社・町会・商店会役員等に就任するほか、30年以上、まちづくり活動に参加している生粋の品川っ子。現在は、しながわ観光協会として体験型観光イベントの企画や、品川宿交流館にてまち案内や情報の発信を行っている。

    資金ゼロから、品川宿にゲストハウスを開業

    ――渡邊さんは、2009年に外国人向けに「ゲストハウス品川宿」をオープンされています。まず、オープンまでの経緯から教えていただけますか?

    渡邊:学生のころ、お金が貯めてはバッグパックひとつで海外を旅していました。北品川の自宅に戻ってくる度に、やっぱり品川宿は便利だなと感じていて。

    だからこそ、「なんでここには宿がないのだろう? いつかこのまちにゲストハウスを作りたい」と考えるようになったんです。

    ゲストハウス品川宿開業前の27歳の頃、アメリカへ語学の勉強と文化体験に出かけたそう。

    渡邊:4年ほどサラリーマンとして過ごし、海外留学を経て、六本木のリッツカールトンでラウンジサービススタッフとして働いていました。そこでは「45階にはレストランがあります」「50階にはバーがあります」などとお客さんをご案内するんです。でも、地べたのサービスを紹介する方がいいんじゃないか、と気がついて。

    「品川宿にはビルを横に倒したみたいな商店街がある! 大浴場は銭湯に行けばいいし、高級なレストランはないけどうまい飯屋はたくさんあるぞ!」ってひらめいて(笑)。

    大越:渡邊さんが品川宿交流館に来たのは、2008年頃でしたかね? 当時まだ20代後半の渡邊さんが「“品川宿”なのに、なんで宿がないんですか?」と語るのを聞いて、「本当にその通りだな」と思いました。

    品川駅前には立派なホテルがある。けれど、あくまで都会へ行くためのハブであり、品川エリアを楽しむための場所ではないんです。「品川宿を“宿場町”として活用できれば、ディープな品川を観光できるようになる」とワクワクしたのを覚えています。

    渡邊:そこからは北品川に住んで、品川宿交流館のお手伝いや地域のお祭にも携わりはじめました。改めて、品川宿の住人として地域と関わるようになったんです。

    それで、地域の方に少しずつ認知してもらえるようになり、元ビジネス旅館の空き物件があると教えてもらえました。すぐに開業、とはなりませんでしたが、地域の方が「保証人になるよ」と言ってくれたり、お金も支援してくれる人がいたり……。たくさんの協力をいただきながら完成したのが「ゲストハウス品川宿」なんです。

    ――ドラマティックにご縁がつながっていきましたね! 2009年は海外からの観光客はまだ少なかったと思うのですが、ゲストハウスについて、地域からはスムーズに理解を得られたのでしょうか?

    渡邊:当時は、日本でもバックパッカーが少しずつ増えはじめたばかり頃。なので、共感や応援もありましたが、「ゲストハウス? とんでもない!」という意見もあって。

    大越:「外国人がたくさんきたら、治安が悪くなるのでは?」など、心配の声もありましたね。けれど、「もし治安が悪くなっても、地元でちゃんと取り締まるよ!」って言ってくれる方もいて。

    僕もどんな人でも受け入れる「宿場の気質」を先輩たちから受け継いでいたので、応援したい気持ちがありました。「なにかやりたい!」と手を挙げてくれた人に対して、「どんどんやろう!」と後ろ盾になるのが、自分の役割だなと感じていて。

    北品川の人の声に耳を傾けながら、地固めしつつ、渡邊さんをバックアップしていました。

    渡邊:いきなり「ゲストハウス作りたいです!」と言い出した若造を、「いいね〜!」って応援してくれるってすごいことですよね……。

    インバウンド需要も拡大し、旅のスタイルが多様化

    大越:実際に「ゲストハウス品川宿」ができて、治安が悪くなったなんてことは全然ありませんでした。むしろ、とても嬉しい経験ができたんですよ。

    1カ月くらい滞在していた外国人旅行者の方が椅子に座りクーラーボックスを前に置いて、ゲストハウスの前で座っていて。「魚いっぱい釣れちゃったから、持っていかない?」って声をかけられたことがあって(笑)。クーラーボックスの中を見たら本当に魚がいっぱい入っていて、数匹いただいて帰りましたよ。

    渡邊:近くで釣りができるんですよね。

    大越:もう品川宿の住人なのかと思っちゃった(笑)。それくらい馴染んでくれたのは嬉しかったね。

    渡邊:その後、2013年頃からはインバウンド需要が拡大し、旅のスタイルが多様化していったんですよ。

    仕事をしながら日本中を観光する人、ゲストハウスを拠点に1〜2カ月の旅をする人も出てきました。荷物預かりもしていたので、宿泊機能だけでなく、旅の拠点として活用してくれる人が増えました。

    ――実際に開業してみて、嬉しかったエピソードがあれば教えてください。

    渡邊:利用者さんが「今は品川宿にいるよ〜」って英語で電話していたことがあって。東京や品川じゃなく、“品川宿”と伝えてくれたことがすごく嬉しかったですね。海外からわざわざ品川宿に来てくれて、この場所に満足してくれたと感じられたのはとても大きかったです。

    コロナ禍で「宿」の原点を見つめ直す

    ――2020年以降、新型コロナウイルスの影響はどれくらいあったのでしょうか?

    渡邊:コロナ前の2019年だけで、60カ国・約1万人がゲストハウスを利用してくれていましたが、一気にゼロになりました。

    経営者としては「何かしないと!」という思いで、とにかく空港に行ってみたんです。そうしたら、渡航予定の地域がロックダウンになって飛行機が動かなくなり、「帰りたくても帰れない」と困っている外国人旅行者がたくさんいたんですよ。

    そこで、「同じような方は国内にもたくさんいるのでは?」と考え、ブログやSNSを通じて情報発信し、2020年5月から帰国困難外国人の無償宿泊サポートをはじめました。

    ――すごい決断ですね。

    渡邊:商店街の人たちも、「これ食べて、これ使って」と色々と物資を支援してくれて……。さらに日本全国から、たくさんの支援物資をいただきました。

    ほかにも過去にゲストハウスに泊まってくれた留学生さんたちが、「恩返ししたい」と商店街でボランティアをしてくれたり……。思ってもみないことが次々と起こっていきました。

    渡邊:実はコロナ前は、「自分達がゲストハウスで何をするべきか」に混沌としていた時期でもあったんです。「外国人旅行者のために、安価なゲストハウスを作りたい」と思ってはじめた事業でしたが、近年では法律も緩和され、リーズナブルな宿がいっぱいできていましたから。

    でも、この時に地域のために、困っている人のためにという原点に立ち戻った。自分がやるべきことが明確になったのは大きかったですね。

    大越:まちとしても「何かしてあげたい」気持ちでいっぱいでした。まだまだ回復までは時間がかかりそうですが、逆境を乗り切るために頭をひねっていた経験は、すごく役に立つと思います。アフターコロナでどんなゲストハウスになっていくのか、楽しみですよ。

    観光客にも、住む人にも「いいまち」とは?

    ――逆境を向き合う今、品川宿の課題点を教えてください。

    渡邊:「いいまち」を作るために活動を続けていると、同じ志を持った仲間が集い、地域の方向性に合わせたお店が増えていきます。

    同時に、不動産にも注目が集まるので、土地開発やまちの整備が進みます。それで昔から活動しているプレイヤーが住みにくくなったり、道路拡張のために立ち退きを余儀なくされたり、マンションが建設されて商店街の店舗が消えてしまったり……。

    開発のスピードはとても速いので、どう折り合いをつけるかは課題に感じますね。

    大越:便利さと引き換えに、心の豊かさや品川宿のこだわりを消してはいけません。どこも同じようなまちになってしまいますから。昔ながらの風土を守り、「品川宿に来たい!」と思ってもらえるようなまちづくりをしていきたいですよね。

    あとは、改めて魅力を伝えることも必要かもしれないですね。昔からここで商売している人が気づいていない品川宿の魅力もあって。そこを見て、「品川宿で事業をしたい」と興味を持ってくれる方もたくさんいますから。

    ――今後、渡邉さんが力を入れていきたいことも教えてください。

    渡邊:ここ最近、全国的に“宿場”が増えてきているんですよ。とはいえ、横の繋がりができていないところもあるので、そのあたりの仕組みづくりもしていきたいです。

    過去に京都や大阪の物件でもゲストハウスをやらないか?とご紹介いただくこともありましたが、「恩義をもらった北品川でしかやらない!」と決めたんです。

    正直、このエリアだけに絞ると、変わった物件ばかりになってしまうんですが(笑)、それぞれにストーリーを盛り込んで、宿作りしています。まち全体を盛り上げていくために、入りやすい地域にすることを含め、いろいろと考えてやっていきたいですね。

    大越:2022年夏には、全国スポーツ少年団ホッケー交流大会が、秋にはマスターズホッケーワールドカップが大井ホッケー競技場で開催され、品川宿にもたくさんの方がいらっしゃる見込みです。渡邊さんと一緒にどんなおもてなしができるのかを考えていきたいですね。

    渡邊:もちろんです。10年以上この土地と関わってきて、旅行者にとっては「その土地に住む人にとって当たり前のことも価値になる」と実感しました。その価値を記事や映像で世界に発信したいと2022年は旅行会社も設立しました。品川宿の魅力をスタッフ、そして地域のみなさんと共に盛り上げていきましょう。

     

     

    「宿場」は、宿泊や通信業務を備えた街道沿いの町場のことを指します。江⼾時代には、東海道の第⼀宿として栄えていた品川宿。「宿」を起点としたまちづくりを展開し、地域・住民を巻き込み寄り添った観光地域経営の推進を宿場JAPANは実現しようとしています。

    品川宿には、令和という時代になっても、宿場町の時代から受け継がれている精神があると感じました。変わる部分と変わらない部分を大切にしながら、ウイズコロナ時代の新たな観光・まちづくりを進めるエリアとして発展してほしいと期待が募ります。

    (取材・執筆=つるたちかこ 編集=鬼頭佳代/ノオト)
    (2022.3.22)

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